なほ ざり。 等閑(なほざり)の心、懈怠(けだい)の心がある子はどんなに優秀でも真面目でも結局「落ちる」ほかない

徒然草 第九十二段

ざり なほ

その間の指導というものが「ない」わけですから。 「おざなり」 と同じ意味で用いられるのは、この語 の音転だからにほかなりません。 さて、石清水八幡宮は男山の山頂にあります。

(1289~1372) (『広辞苑』第6版による) 6. 鈴木棠三著『ことば遊び』(中公新書、昭和50年12月20日初版)には、次のような 沓冠も、紹介されています。

徒然草 第九十二段

ざり なほ

憎らしいことに、いとしいあの人は、来る 来ると言いながら、結局は訪れてくれないのです。

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私が見た本文では「あらざりけり」でしたが。 いや、しないでしょう。

兼好と頓阿の「沓冠の歌」の贈答(『続草庵集』より)

ざり なほ

初稿 H15.05.15 改定 H15.06.23 「なおざり」 と 「おざなり」 言葉は生き物 「なおざり」 と 「おざなり」 という言葉がある。

言葉というのは、本当に一筋縄ではいかない。 これは、相当なしたたか者だ。

『十六夜日記』「駿河路」の現代語訳と重要な品詞の解説2

ざり なほ

また、前にある「重ね」も「ぎぬ(衣)」の縁語。

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ここのところがよくわかっていないのか、ほとんど指示をやらないままに中3に突入していくのがこのところ続いている。

『十六夜日記』「駿河路」の現代語訳と重要な品詞の解説2

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出家後、二条家の嫡流藤原為世に師事、二条家歌学を再興。 ) たった二本の矢、師匠の前でその一本をおろそかにしようと思うでしょうか、いや思わないでしょう。 歌風は典雅端正。

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いつでも、一本の矢が的中するように精神統一をせんか」と指導した。 多くの中学生が、竹の会の指示を等閑にして、竹の会を去ることになる。

早蕨 和歌歳時記

ざり なほ

岩を越す波が、白い衣を着せるように見えるのも趣がある。 意味は「尋ねてみよう」。

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2 「なくなく出でしあとの月影」 『新古今和歌集』羈旅 934番 藤原定家の和歌「こと問へよ思ひおきつの浜千鳥なくなく出でしあとの月影」の引用。 晩年、西行の旧地双林寺に草庵を結んだ。

等閑(なほざり)の心、懈怠(けだい)の心がある子はどんなに優秀でも真面目でも結局「落ちる」ほかない

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宇治から京阪電車で折り返し、石清水八幡宮に到着。 禁止を表す。 指導レジュメが30分ほどで返ってこないとしたら、指導はとても円滑に進められているとは言えないと思います。

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「徒然草」 (兼好法師)より 第五十二段の「仁和寺にある法師」 仁和寺にある法師、 年寄るまで、石清水を拝まざりければ、 心うく覚えて、ある時思ひ立ちて、 たゞひとり、徒歩よりまうでけり。 理科、社会がとれなければ都立は無理です。

等閑(なほざり)の心、懈怠(けだい)の心がある子はどんなに優秀でも真面目でも結局「落ちる」ほかない

ざり なほ

大手のテキストのように先のテキストをもらって先へ進める、という考えなのでしょうが、それは竹の会のことがわかっていないのだと思います。 13 過ぐ ガ行上二段動詞「過ぐ」の終止形。

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) (学問や仏道など専門の)道を修行する人は、夜には明日の朝があるだろうと思い、朝には夜があるだろうと思って、もう一度入念に修行しようとあとのあてにします。

「おざなり」? 「なおざり」?

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江戸時代には、「なほざり」 の発音は既に 「ナオザリ」 になっていたから、それがひっくり返って 「オザナリ」 になったと考えられる。

やはり紀行文は、歌枕と先人が詠んだ和歌との兼ね合いが腕の見せ所だと思われます。 (と言ふ。